数ヶ月前、感慨深い出来事があった。私の母や母の姉、父や父の妹は、おしゃれをする事がとても好きで、母は子育てや家事、お義父さんの介護に疲れたら私たち姉妹のお洋服を買いに、インポートを扱う子供服のセレクトショップまで車を走らせ、かわいいお洋服を買ってはストレスを発散していたそうだ。父も母もきちんとした身なりをするという事をとても大切にしていて、毎年元旦は家族全員、新しいお洋服を身につけていたし、寝る直前、お風呂に入ってパジャマに着替えるまで家の中でも外出着を着用している事が普通だったので、結婚して初めて、部屋着というものがある事を知った。

母の姉は、ヴァレンチノ、ウンガロ、ディオール、グッチ、シャネル、サンローラン、レオナール、ケンゾー…などハイブランドやデザイナーズブランドに加えお着物も大好きで、本当にたくさん素敵なお洋服と素晴らしいお着物や帯を持っていた。アドバンストスタイル(おしゃれなおばあちゃん達をスナップした写真集)が出た時、叔母の方がもっとパンチが効いていてさらに色使いも派手でうんとおしゃれだったと思ったくらいだ。

父は、お出掛けに連れて行って。というと、あのワンピースを着たら連れて行ってあげる。といって、私達のワンピースの後ろりぼんをすごく可愛く結んでくれていた。父の妹は、コム・デ・ギャルソンが大好きで、私は未だかつて叔母以上にギャルソンの服をかっこよく着こなしている人を見たことがない。メイドインフランスのヨーロッパでしか展開していなかった頃の物が好きで、その頃のギャルソンのお洋服で衣装部屋が埋め尽くされている。今となってはそれらは全てヴィンテージと言われる品物だがいまだ現役だ。叔母とその息子さんとパリの地下鉄に乗っていたら、あのマダムはあなたのお母さん?と尋ねられ、そうです。と答えると、あなたのお母さんはとてもおしゃれで素敵な方ね。と、素敵なマダムに声をかけられた、と言っていた。

そんな叔母達が身近にいた私は、小学生の頃からデザイナーズブランドの服を着せられていた。4年生の時、友達がみんな着ていた当時流行ったジャスコで売っていた襟の大きなブラウス(今でいうファストファッションだ)が羨ましくて仕方がなくしつこく母にねだったが買ってくれなかった。そんな物を欲しがるあなたはどうかしていると冷たく言い放たれたのを覚えている。良い物を見る目がない、と言いたかったのだろう。当時よく着ていた洋服のタグを後になって見ると、ケンゾーやゴルチェで小学校の卒業式の日に着ていたブラウスはギャルソンだった。

先日、「神戸のショップを色々見て回ったのですが、もし良かったら当社のお洋服をこちらに置いてもらえませんか?」と突然営業の方が来られた。お店をしているとこういう営業は日々よくある事だ。会社名、ブランドは何ですか?と尋ねると、「コム・デ・ギャルソンです。」という。何かの間違いかと思い聞き直したが、コム・デ・ギャルソンだと言う。そして来週展示会があるからぜひ来て欲しい、と。

2020年春夏の仕入れは全て終わっていたが、私が小学生の頃から着ている、それに中高生の時、セールの初日の早朝、開店前に並んで買ったのはギャルソンのお洋服だった。(当時ファッションビルのセール初日は7時オープンで、ホームルームに滑り込みで駆け込んでいたあの時代がなつかしい。)もちろん行かない筈がない。お年玉を握りしめ、ギャルソンのお洋服を買う為に寒空の中、早起きして始発に乗り並んでいたあの時の自分に教えてあげたい。あなたは将来お店を持つ事になって、今から30年後に突然ギャルソンの方が来られて自分のお店で取り扱う事になるよ、と。

2020年春夏より、トリコ・コム・デ・ギャルソンのお取り扱いがスタートします。ヤブヤムやホームスパンのお洋服などと合わせて店頭でも時々着用していて、お客さまにそれはどこのですか?と尋ねられる事も多かったので、既存のブランドともとても相性が良いと思います。春物の第1弾が入荷しました。キャズエドゥミ旧居留地店でご覧いただけます。

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